言葉と武道

個人的な見解を多分に含んでいるのだが、

日本人と言語が異なる外国人の基本的感覚が違うのは、

文化の違いだけの問題ではないと私は考える。

昔知人にバイリンガルがいて、

英語の人格や性格と日本語での考え方が違うと本人も言っていたし、

外目から見てもその様に感じられた、

その後、バイリンガルやトリリンガルの方が、

日本語以外の言葉を扱う場面を何度も見たが、

その様な印象が見受けられることが多かった。

(但し大人になってから習得された方は言葉の性格的影響が少ない気がするが…。)

それらを考慮して武道の伝書や書籍を読んだとき、

武道を行う主体である人の人格形成や考え方が、

漢文などを用いていた過去の日本語によって、

影響を強く受けているのは必然の事である。

更には文化としても現代と生活が大きく異なる為、

現代人が分かる部分のかいつまみだけで文章の理解をしようとすると、

間違いなく誤解する事が目に見えている。

現代人が数百年を経た文章から、

その意図や思想を正確に測る事は不可能であるとは思うが、

出来る限り近づく為にはある程度当時の文化や生活を理解し、

漢文を用いた文章や思考にある程度精通する必要があると考える。

過去の文章を現代の感覚で、

軽く搔い摘もうとする愚は犯したくないものであると私は思う。